UNEARTHED / インタヴュー

「土偶」を作品の対象とされた理由は?

久遠(くおん)

ある日、文字や言葉を持たない時代の人々は何をどう伝えていたかという疑問が湧いた。他者との意思伝達はかなりの困難であったろうと容易く予想出来るからこそ、それでも伝えたかったことに、時代や国、人種を問わない真実が宿っているのではと考えたからだ。日本では五世紀ぐらいまでの時代が文字不在の下での物質文化社会を形成していた。僕は、遺物の醸し出す誘引性に魅せられるまま、先人たちにそれらを作らせる事となった動機を探るべく自身の意識の内へと潜入する。死して、朽ちて、滅びてもなお伝えるべきものー真を遺物より知る。

文明の歯車である僕の使命は真を写して久遠の生命を吹き込む事だと信じている。 他の考古学的な作品対象物としては、「石室」などの、所謂、「墓」を撮影している。人類共通の最も恐れることである「死」を僕たちの祖先がどう捉えてきたのかを知ることにより「生きる」ことを観念でなく実感するためでの作品である。

初めて土偶を見た時は?

初めて土偶を見た時の僕の反応は、映画「猿の惑星」(1968)の主人公テイラーになった気分だったのを覚えている。映画のラストシーンで、テイラーは崩壊した自由の女神を発見し、自分が時を越えて故郷である地球に帰って来ていたことを知り愕然とする。僕にとって土偶との出会いは、まさにテーラーにとっての自由の女神と同じだった。

アーティストとして、あなたにとっての「土偶」の意味とは?

無文字の手紙

縄文時代に作られた土偶のモデルはほぼ女性だ。土偶や一部の土器は、生活品や道具と違って、石棒や石剣と同様に祭祀道具である。人口が減少する縄文後期に多く作られたことや、そのモチーフからして、子孫繁栄、すなわち、子作りや安産を願ったものと云われている。人が最も恐れる事は「死」であり、最も喜ばしいことは「誕生」である。

「死」は無に還ることを意とするが、「誕生」は、先人が生み出し、作り上げた知の継続と発展を意とする全人類共通の認識だ。

僕たちが受け継いだ様に「次」の担い手を誕生させて育てる責務が僕たちにはあるということを土偶や土器は教えてくれる。

無文字社会の縄文時代においては、「伝える」ということは決して説明することでなく、考えさせると言う事なのだろう。魂は形を欲する。

次世代の生命に魂を入れて命とし、知識に心を入れて愛とし、育てていくのである。

土偶や土器は、縄文人たちから僕らへの文字の無い手紙だった。

あなたが作品を制作する時に、土偶が特別にもたらす影響とは?

すでに五千年の時を超えて現れた土偶だが、僕は新たなる「土偶像」を創り命を吹き込むように挑戦している。

「写真作品」制作の時は?

土偶を既存にない新たなる解釈が出来るような写真を創りだすことにより、それらを見た人々の中で真新しい土偶像が生まれ、語り継がれるように願っている。

土偶の写真作品をネガのようにプリントして制作したのはどうしてですか?

通常の撮影、プリントでは人(縄文人)が土偶を作り出す際に刻んだ箇所や線が黒く沈んでしまう。僕は、製作者(縄文人)が刻んだ一つ一つの線こそが、彼らが自身の作品に吹き込んだオリジナリティーの証であり、人それぞれが持つ指紋と同じではないかと考えた。

僕はそれらの線を暗闇から解き放つために、ネガティブをポジティブとした。

外部リンク

the Sainsbury Centre for Visual Arts (SCVA)