「闘牛島 徳之島」

坂川栄治(さかがわ えいじ)

写真:桑嶋維 文:福田和也

ーコマーシャル・フォト(玄光社) 2005年7月号掲載ー

すがすがしいこの写真家の視線は

もうすでに何かを通り抜けてきているのだろうか

鹿児島県は奄美大島の隣の島、徳之島の伝統文化である闘牛を扱った写真集である。

見終わって感じたことがあった。それはもしこの写真集がタイトル通り、猛々しい黒い大きな牛のぶつかり合いの写真に終始していたとしたら、この写真集はよくある作家の思い入れだけで作られた凡百なものと

何ら変わらないものになっていただろう、ということだった。

この写真集が稀有な位置にある理由は、荒々しい闘牛を追いかけていながら、しっかり徳之島が語られていることだ。とても徳之島が伝わってくるのである。

どうしてこういう写真集が撮れるのだろうと幾度かページをめくって気が付いたのは、写真家の対象に対する距離の持ち方だった。

島の人がおおらかなのか、それとも写真家がそのリラックス感を作り出しているのか、撮る側も撮られる側もいたって自然体なのである。そして、それ以上に素晴らしかったのは、徳之島とその島の人を愛しているというのが伝わってくる桑嶋維の視線だった。

どうしても闘鶏、闘犬、闘牛という「闘う」という文字が付くものには、死の匂いやささくれだった気配、うらぶれた空気のようなものが付いてまわるものだが、桑嶋の写真にはそれが全くといっていいほどないのだ。写っているのは、日本の他の地方ではもう失いかけているのどかな土地の生きる人たちののびやかさと、興奮と歓喜のまつりごとに集中する人たちのすがすがしいまでの熱の交歓。ゆったりとした時間を味わいながら「生きる」ことを謳歌する人間の姿である。だから闘牛の写真集であるはずなのに、私には南の島の人の営みの姿が妙に幸せに見えてしょうがなかった。

桑嶋という写真家の眼差しは、この手の写真集の地平を新たにする可能性を秘めている気がする。

観客の脇の下から捉えた闘牛の試合。地面に折り重なるソテツの影。中途半端な時期の少年の眼差し。牛の体に溶岩のように流れる血の筋。暑さの残る誰もいない放課後の教室。止まったような時間と海と昼寝をする人。いずれも技術と感性が、重くならず軽くならずうまく重なり合わさっている。

この写真家の視線は何かをすでに通り抜けてきているのだろうか。

カラーでモノクロームの写真を撮っているような気がするからだ。

普通ならコマーシャル写真を撮っている人は、こういう写真になると肩に力が入ったり、水分が多かったり、乾き過ぎたりと、どこか濁りを生じるものだけれど、彼の写真にはそれがなかった。

私の目にはそれが新鮮に映った。

並べ方とレイアウトもいい。

 

坂川栄治 さかがわ えいじ

装丁家・アートディレクター。

1952年北海道生まれ。雑誌『SWITCH』の創刊に携り4年間アートディレクションを担当。その後坂川事務所を設立。書籍の装丁だけでなく、広告・PR誌・CD・映画・空間デザインのディレクションをするなど幅広く活動している。 1993年講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。代表作に吉本ばなな『TUGUMI』、ヨースタイン・ゴルデル『ソフィーの世界』、J.D.サリンジャー/村上春樹訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』など。今まで手掛けた装丁本は3000冊を超える。文章家、写真家としても活躍し、著書に『写真生活』(晶文社)、『遠別少年』(光文社文庫)、『「光の家具」照明』(TOTO出版)、『捨てられない手紙の書き方』(ビジネス社)。