闘牛島・徳之島

徳之島の闘牛を見る時、僕ははるか昔の自らの祖先の熱いDNAの存在をはっきりと感じ取ることができる。闘牛は太平洋の彼方より、熱い黒潮の流れに乗って、僕たちの祖先と共にやってきた僕たち自身の姿だ。僕たち祖先は、互いに全力でぶつかり合う牛たちの姿に、自らの欲望や願いをまるごと託し、彼らに宿る、測りしれない「力」や「美」をわがものにしようとしてきた。

僕たちのお身体は、血と骨で形成されているが、実際には、自らの頭蓋骨を直接覗き見ることはできない。そして、僕たちを支えている身体の部分は複雑に絡み合い、それらを繋ぐ血流の温度を測ることはできない。

だが、たとえばレントゲン写真のフィルムやCTスキャンを通してなら、僕たちは自らを形作っている熱い血や太い骨の存在を、その息遣いを幾ばくかは透視できるかもしれないし、その存在を確認することができるかもしれない。

僕は、自分自身を根底から形作っている、黒潮と共にやってきた祖先のDNAを、X線撮影のごとく写し撮り、それらを一つ一つ貼り合わせることで、僕自身であることの確認作業をし続けていくだろう。

一枚でも数多く正確に、写し撮り、貼り合わせる風景を求めて、僕は海上の道を往く。

2005年 桑嶋維